ぶつくさぶつくさ

日頃ぶつくさ思っていることをぶちまけます

UFOを信じますか?

UFOを信じますか?とか、UFOは実在しますか?って質問ほど訳のわからないと言うか、意味のない質問はないと思うんです。

 

UFOって「未確認飛行物体」の(英語の)頭文字です。未確認飛行物体を「信じるか信じないか」って、何を?それを見たかどうかを?その現象があったかどうかを?

 

石を投げてそれを知らない他人が見たら、それはもう未確認飛行物体です。何か飛んでるな、鳥かな飛行機かなと思ってるなら、それも未確認飛行物体です。

東の空に見える明るい光点もとりあえず未確認飛行物体です。

 

何かが空に見えてそれが何か分からないなら、それは未確認飛行物体な訳で、信じるか信じないかとか、あるかないかは問題点じゃないです。まぁ報告者を信用できるかどうかはあるかもしれませんが、その未確認な物体が何か?が論点ですよね。

 

いやまぁ分かってますよ。多くの人が、マスコミでさえUFOをなんらかの「乗り物」と同義で使ってることは。

 たとえば、そこし前になりますが、こんなのがありました。

 

https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/50463

(話はかわりますが、スマホアプリからPCと同じようにリンクの挿入はどうやるの?)

 

 「あなたはUFOや宇宙人は存在すると思いますか?」

 

こんなアホな設問よく作れたなと。

この記事の文脈からすればこの質問は「あなたは空飛ぶ円盤や宇宙人が地球に来てると思いますか」と言う意味でしょう。アンケートの前後に何が書いてあったかは分かりませんが、設問から同様に考えるのは不思議ではありません。

で、77%が「そう思わない」と回答したそうです。しかもそれが意外だったらしい。ロマンがないと。節子それロマンちゃう。ただのあほや。

 

もっとも「そう思う」と答えた人も地球に来てるとかではなく、地球外生命はいるはずといった意見らしいので、大学生まともで良かったと思ってます。マイナビの中の人大丈夫か?

 

これ「地球意外に生命は存在すると思いますか?」だと8割くらいは「思う」と答えたんじゃないかなぁ。これこそロマンだし。

もちろん私もそう思うだし。

ただ、その生命と出会えるか?と言うとやっぱり難しいでしょうね。

 

そもそも居たとして、その文明が宇宙を旅する程度にあるのか?ないのか?もしかしたらそれを通り越して滅びてしまってないか?ちょうど良いタイミングに出会えるかが気になるところですね。

しかも高度な文明があったとしてもいわゆる「ワープ」航法が本当に実現可能でないとこっちまで来れませんもんね〜

SF好きとしては可能であって欲しいですけど。

 

せめて死ぬまでに宇宙エレベーター実現してくれないかなぁ。

 

ハゲ、デブ言うな

ハゲとデブってそろそろ差別語に認定されても良いんじゃ無い?

 

体の不自由な人と、頭髪の不自由な人に差を付けないで。

 

いや、これは逆なのか?ハゲ、デブがもう普通になったから個性として認識されてるのか。

他の障害もそんな風に普通にバカにされたりされるようになって初めて差別じゃなくなるのかな。

夢は叶わないこともあるけど、努力は報われる

努力し続ければ夢は叶う・諦めなければ夢は叶う

 

ってことに対して「絶対そうなのか」とか言う人いますけど今更ながら、そりゃ絶対じゃないです。

これ言うなら「夢を叶えた人は努力し続けた人」「夢を叶えた人は諦めなかった人」ですよね。まぁ努力しなくても夢を叶えた人や、諦めたけどたまたま夢が叶った人もいるだろうけどたぶんごく一部でしょう。

 

芸能人やスポーツ選手などの限られた一部の人がこれを言うのって、結構罪が深いと思うんですよね。そりゃ彼ら彼女らは実際に努力を続けて夢を叶えた人だし、実体験に基づいているから本心から思ってるんだとは思いますが、どんなに努力してもダメなときはダメですよ。

必ず叶う!とか思い込んでやめ時を逃し、貧乏生活を長年続けるとか、家族に苦労をかけてばっかりとか・・・

それに夢の内容にもよりますけど、例えば30年努力して叶った夢って本当に叶ったことになるんですかねぇ。30年間が幸せだったのかどうか・・・

 

それに努力って方向性がありますよね。たとえ何年、何十年と歌の練習やって「プロ野球選手になりたい」なんてのは話にならないですよね。まぁそこまで極端じゃなくても投手になりたいって言って素振りばかりしてるとか。

 

そう言えば「努力してる」と思ってる時はそもそもその夢が自分に向いていないのかも知れないと思った方がいいかも知れませんね。好きなこと、自分に向いていることをやってる時って「もっとやりたい!」って気持ちの方が先に出てきて、時間は気にならないし、デートしたいなぁとか休みたいなぁとかも思いません。

何か他のことを「我慢」してやる努力はその人に向いていないのかも。どちらかと言うと「我慢」することに努力が必要なことはきっと向いてないんですよ。

他のことを「忘れて」やれる努力(それはもう努力じゃないけど)こそが自分向きだと思います。

 

でも、やった努力が報われないか、と言うとそんなことはないと思います。夢が叶うと言う意味で報われることがないかも知れませんが、やった努力は必ず身につくしそれは何かと役に立つはずです(まぁ中には何をやっても身に付かない人もいるでしょうけど)。

素振りばかりしてたら投手にはなれないかも知れないけど、一流バッターになれるかも知れない。

猛勉強して東大目指していたけど受からなかった。でもやった勉強は無駄にならない。

 

どうせダメだからと言って何もしないといつまで経っても何者にもなれません。夢を持って何かをやり続ければ、夢が叶うかも知れないし叶わないかも知れないけど、絶対何者かにはなれます。

 

バスの降車ボタンはサッサと押そう

バスの降車ボタンを“ギリギリまで押さない派”の方へ、運転手さんからのお願い - Togetterまとめ

 

バスの降車ボタンをギリギリまで押さない主義の人がいるそうです。たぶん早めに押すと「なに?びびってるの」とか周りに思われると思ってるんじゃ無いかとおもいます。

でも、バス停手前ギリギリで押されると、バスは急停車しないといけなくなります。当然それは乗客の転倒事故や後続車からの追突の恐れもあります。

運転手さんも事故が発生すると、下手すると免許が無くなるそうです(細かい事情はわかりませんが)。

 

まぁ技術も発達してる事だしバス停手前nメートル以降はボタン押せないとかにすりゃ良いと思いますけどね。それでクレーム来るなら、バス会社は毅然と運転手さんを守ってやれば良い。

 

とは言え、ボーッとしてたとか、お年寄りはとかありそうだこら、つまらん仕掛けが導入される前に、降りたい奴はとにかくサッサとボタン押せよ。

つまらんプライドかなんか知らんけど、しょーもないこと考えるな!

組体操ってそんなに重要ですか?

もう、タイトルの通りだし他でも散々言われていることですが、運動会とかで行われる組体操ってなんの意味があるんでしょうかね?

とりあえずここで言う組体操とは、三角形になるように人を順に積み上げていく奴のことを言っています。他にあるのか知らないし、あるとしてそれがどれほど危険なのかも知りませんので、あしからず。

ちなみに私が子供の時はこれなかったですけどね。周りでやった人も聞いたことなかったです。時代なのか地域なのか知りませんが。

 

で、組体操ではいくつも事故が起こっていて死亡する例すらあるそうなんですが、なぜこれをやるんでしょう。

事故が起こらないようにどう指導するかとか検討してますとかも言いますが、それでも起こるのが事故だし、そもそも組体操をやらなければ事故の可能性はゼロなんだから気をつける必要すらないんだけど。

 

組体操をやることで得られるものとして、感動や協力し合うことの認識とか、やり遂げることの重要性とか、感謝とかがあるそうですが、それって子供の命をかけてまでやることですか?と言うか、怪我の危険性さえないことで同じことできますよね?

 

運動系なら例えば組全員でやる縄跳びとか、日体大だったかが有名な集団行動(説明が難しいからググってください)とか。どちらも難しいし、協力しなければできないし、できた時の達成感は(きっと)ハンパないでしょうし(まぁ怪我の可能性はゼロじゃないけど、それでも大きな怪我はしなさそうだし)。

 

伝統ある行事だから?それこそ子供の命と引き換えにするほど重要なものですかそれ?

 

と言うか、もう児童虐待でしょ。特に一番下の子なんて膝も手もむっちゃいたいと思うんですけど。

子供の骨折ったりして「しつけだ」とか言うのと大差ないでしょ。

 

 

自動運転はちょーべんり

昨日チラッと書いた「アダプティブクルーズコントロール」がちょーべんりなのでちょっと布教活動を。

 

まずクルーズコントロールとは、設定した速度を下回らないようにアクセルを自動的に制御してくれる機能。「下回らない」という点に注意。

例えば下り坂ならドンドンスピードは上がるし、平坦な道でも前走車が自分の設定速度より遅く走ってたら、グングン近付いて行くし、ボーッとしてたらオカマ掘っちゃいます。

なので空き気味の高速道路以外ではほぼ使い道はありません。とは言え、上記以外の場合なら、スピードの出し過ぎや出さな過ぎを気にしなくていいし、一定速度で走るので燃費もよくなり、それなりに便利です。

 

じゃあアダプティブクルーズコントロールは何が良いかと言うと、上記の事が解決されているわけです。

下り坂でもスピード出過ぎませんし、前走車がいたら設定した車間以下にならないように速度を落としてくれます(車間も何段階かで設定)。

早い話が相当ボーッとしてても大丈夫と言うわけ(いや常に注意は怠らないようにしてください)。

 

しかも、どこまで前走車が遅い場合まで速度を落とすのかというと0km/hまで、つまり前が止まれば自分も止まるという事です。しかも前が走り出せば勝手に(スイッチチョン位はいったかも)動き出します。

 

これはもう明らかに「自動運転」ですよね。もちろんハンドル操作は必要ですが、アクセルやブレーキ操作がいらないのは、ムッチャ楽です。周りの流れに釣られてついスピードを出し過ぎた、なんてこともありません。

 

さらにこれ、4,50km/hぐらいの速度でも設定できますから、高速道路じゃない街乗りにもつかえて、そっちの方がより楽ができるんです。

 

車を買うときアダプティブクルーズコントロールのオプションがあるなら、絶対付けるべきです。予算が不足なら、他のオプション諦めて付けましょう(ただし安全装備はケチっちゃダメ)。

サンルーフ?夏場暑いだけだし、開けて走るの多分最初の3ヶ月。隣のトラックから見下ろされるし。ドライビングライト?フォグランプ?街灯のない山道を毎日はしるだの、霧の濃い地方じゃなけりゃ、装備を付けてるだけ重量増えて損なだけ。しかも不要なところで点けたりするから周りがまぶしいねん!

 

自動ブレーキ、踏み間違い防止、アダプティブクルーズコントロール、その他オプションくらいの優先順位で行きましょう!

 

あ、残念ながら自分の車にはどれも付いてません。まだそんなのがなかった時のやつなんで。

上記は試乗車や、知り合いの車を借りた時の話です。あー欲しいよー!!

暗い道はハイビーム

2017年上半期の交通事故死者数1675人…ハイビーム使用なら56%は衝突死亡事故回避 (レスポンス) - Yahoo!ニュース

 

これもジェネレーションギャップの一つなんだろうか。私が教習所に行ってた頃は対向車がいない時はハイビームが基本、ってのを教わってたけど最近はそうじゃないのかな。それとも習ったけど面倒だからやってない?というか道交法では夜間走る時はデフォルトがハイビームだったはず。

 

まぁハイビームのスイッチすら知らない人もいますが・・・

 

つーか、例えば暗めの道でロービームのままで走ってて怖くないのか?4,50km/hくらいで走ってて2,30mくらいしか見えてないのがなぜ怖くないのか。人を轢くかもしれないという恐怖より、(道の)先がどうなっているか分からないことがなぜ怖くないのか。

 

で、この記事を読んだ反応に「対向車がハイビームだと眩しい」だの、対向でハイビーム同士の車がいると、その中間にいる歩行者が見えなくなる「蒸発現象」がやばいだの言ってるアホウがいるけど、対向車(もちろん前走車も)がいる時はロービームにするんだよ?対向車や前走車がいれば比較的先の方まで明るいんだから、そもそもハイビームにする必要がないんだけどね。

 

最近は対向車がいると自動でハイ・ローの切り替えをやってくれたり、照射範囲を変えたりする機能のついた車もあるそうで、いい機能ですよね。早く買い換えたい。

ああ、自動ブレーキも欲しいし、アダプティブクルーズコントロールも欲しいし。